とまれかうまれ、とく破りてむ!

行き場を失った物語の墓場

『洛中百鬼夜行劇』第3章「怪物レコンキスタ」

鳥羽(トリハ)という名で知られた男子大学生は洛中きっての麻雀打ちであった。少しでも時間があったら麻雀を打とうとするきらいがあり当然大学にはろくに行かず周りには基本的に麻雀仲間しかいなくなったのも仕方のないことであった。

鳥羽は大学には行かないものの、その辺の反社会大学生と大きく違って日付の変わる前から眠りにつき朝早くから起きている。今日も6時半に起き、8時頃には朝の散歩という超健康的習慣を実践していた。しかし彼にとってこの散歩には朝日を浴び体を動かす以上の意味があった。

「うんうん、今日もかわいいなぁ!」

思わず声を出してしまうほど彼が愛おしいと思って物陰から凝視しているのは京都では珍しい登校中の小学生である。珍しいのになぜ彼が遭遇しているのかといえば、彼が小学校の通学路を調べ、わざわざ出向いているからである。見つかれば間違いなく不審者出没情報として一帯の保護者一同に警告のプリントが配られ警察も周辺警備を強化すること請け合いであるが、鳥羽はすでに前科一犯、知り合いから隠密機動術を教わり見つからないように可及的細心の注意を払っていた。可及的と言ったのは、真に細心の注意を払っていれば「今日もかわいいなぁ!」などと口走らないだろうという指摘への配慮である。

朝の日課を終えると鳥羽は自宅へ戻らずそのままバスで移動する。目的地は百万遍交差点にある雀荘【あうあう】。ここは鳥羽の行きつけの雀荘であり、メンバー(雀荘における店員のこと)のほとんどは若い女性で彼女たちも常連の鳥羽のことを気に入っていた。それもそのはず、平日の朝に開店時間すぐに来る客は鳥羽くらいのものでそういう時にはメンバー3人と鳥羽で打つので一緒にいる時間がかなり長いのだ。今日もその例に漏れず麻雀を打ちながら鳥羽はメンバーと話していた。

「鳥羽くんさ~、大学はいいの?」

そう尋ねるのは【あうあう】の女性店長である。自分とさして変わらない若さにして雀荘という難しい店を経営する実行力と手腕はどこで鍛えたものだろうかと鳥羽は常々疑問に思っていた。

「いいんだよ。っと、ロン。5200」

今日は水曜日、彼の時間割にはしっかり講義が入っているはずだが彼は潔くそれらを放棄していた。

「わぁ、やられた。ラスト、清算おねがいしまーす」

今日最初の半荘は鳥羽のトップだった。そしてちょうど一区切りついたところで鳥羽の携帯が鳴った。

「あ・・・ごめん、ちょっと抜けていい?」

「いいよいいよ、鳥羽くんしかお客さんいないんだし」

「すみません」

そう言って鳥羽は電話に出る。知っている相手―――名前のある怪物からだった。

「もしもし、こんな朝早くどうしたんだ、怪物」

「おう、やっぱ朝早いのな。それが少し困っていてな...。昨日も例の場所で飲み散らしてたんだが、バターナイフが二日酔いの状態で街に放たれちまった」

「ウソでしょ?」

「俺も信じたくねーけど本当だ。今も暴れて道行く人間をハッ倒して回ってる」

通話相手の方から悲鳴とサイレンのような音を聞いた鳥羽はどうやらバイオハザード発生は事実らしいということを飲み込んだ。

「...警察は?」

「アレが警察で止まるかよ、銃弾もあの腹で受け止めてる」

「ひどいな。で、今どこに...」

そこまで言ったところで鳥羽は事態を理解した。パトカーや救急車のサイレンがけたたましく鳴り響く音が携帯の向こう側からだけでなく直接聞こえ始めていた。

「マジか...。ごめん店長、今日はもう帰る!」

「えっ、どうしたんですか?って外が騒がしいような...なんだなんだー?」

「とにかく失礼します、また明日来るから!」

「う、うん。待ってるよ、外なんだか大変そうだから気をつけてね」

「ありがとう」

【あうあう】を出て百万遍交差点に来るとそこは地獄であった。十字路の北からは消防車、東からはパトカー、西からは救急車、そして南からは京都の街が手塩にかけて育てた怪人【バターナイフ】が疾風怒濤の快進撃を為していた。迷惑がる学生、逃げ惑う一般人、面白がる野次馬、騒ぎに乗じて交差点の中央で『お願い!シンデレラ』を熱唱するさすらいの音楽家、それら全てが入り乱れ交差点周辺は大混乱の機能停止と相成っていた。

唯一我が道を思いのままに進んでいたのはバターナイフその人(?)である。「かかってこい人間どもォ!!」というようなことを叫んだり吐いだり忙しそうだが足取りはしっかりとしており一歩ごとにコンクリートの舗装路に足跡を残していた。その重戦車のような人型の怪物に対し哀れな人類は為すすべなく後退を強いられていた。鳥羽は電話で居場所を聞いて名前のある怪物と合流した。怪物も怪物で上着が酒だか何だかでビショビショだったがそれには触れないことにした。

「それで、アレをどうやって止めるっていうんだよ!鴨川の水、麻雀の賽の目、バターナイフの二日酔いって言うだろ?どうしようもねぇ」

鳥羽は至極真っ当な意見を述べた。

「まぁそうだが一つ試してほしいことがある」

そういって名前のある怪物は説明し始めた。

「最近アレが特に推してる演者がいる。その音源を流せば我に返るんじゃないか?お前はその音源持ってるからお願いしたい」

「なるほど、猶予もなさそうだし試してみるか」

鳥羽は怪物の提案を理解し音源を準備した。さっそく警官隊をバッタバッタとなぎ倒すバターナイフの方に向かう。依然としてあの重戦車は止まる気配を微塵も見せていない。

「おいバターナイフ!こっちだ!」

鳥羽が大音声を上げると警官隊たちが「危ないから下がりなさい!」と制止するが危ないのはお前たちも一緒だろうと鳥羽は聞き入れない。しばしば押し問答をしていると鳥羽の側から一人の男がヌッといきなり姿を現した。

「よっす鳥羽。話は聞いた。これ、拡声器パクってきたから、使えば?」

言葉の主は黒服【クロフク】という男だった。鳥羽や名前のある怪物の旧友で同期にして隠密機動の使い手である。名前に違わず全身を黒服に包み危険な雰囲気を放っているが普段は存在感を消しているので怪しまれるというようなことはない。

「お前、どうしてここに」

鳥羽は突然現れた黒服に驚いた。

「まぁ、なんとなく。それじゃ」

そう言い残すと黒服はスタスタと西方へ帰っていった。鳥羽は「何なんだアイツは」と悪態をつきながら自分のスマホを黒服が遺していった拡声器へと繋ぎ、件の音源を再生した。

「聞こえるか、バターナイフ!!」

鳥羽にはもはや祈ることしかできなかったが、曲が始まると確かにバターナイフの進撃が減速した。Aメロ、Bメロと展開していく曲にバターナイフは耳を傾けているようだった。そして、訪れた約束のサビ前。

「イェッッタイガーッ!!!!」

怪人の割れんばかりの咆哮は洛中全土に響いたかのように思われた。その圧倒的声量に周囲の人間は全員気絶しており、このことを予見し耳栓をしていた鳥羽と名前のある怪物だけが意識を保っていた。

「...ここぁ百万遍か、バケモン」

ワンコーラスが終わる頃にはバターナイフは正気を取り戻していた。彼は近くに来ていた名前のない怪物に話しかける。

「バケモンはあんたッスよ、バターナイフさん。どんだけ暴れ散らしたと思ってるんスか...。ま、早いとこ逃げましょ」

名前のある怪物はどこから用意したのか小型バイクを転がしていた。

「そうだな...。んで、お前が曲かけて収拾つけたんか、鳥羽」

「はい、まぁ」

鳥羽はバツが悪そうに眼を逸らして答える。

「助かったわ、やっぱお前もウチに来いや」

バターナイフも自分の引き起こしたことを確認し、それを制止した鳥羽の活躍に感謝していたようだった。

「それだけは勘弁です。前にも言った通り俺にはもったいない。それに俺はまだ人間界に未練があるんで」

「またくいな橋でマズい飯食ってから考えるか?」

京都拘置所は京都駅からまた少し南に進んだくいな橋のあたりにある。鳥羽は以前そこに立ち入ったことがあった。バターナイフともそこで初めて会って気に入られ、鳥羽としては迷惑に思っていた。今回の騒動を見れば分かるように怪人と関わり合いになるのは何かと危険だからだ。しかしバターナイフは京都中に顔が効くし強力なコネクションであることも事実で、さらには名前のある怪物という共通の接点もあったので鳥羽もときたまバターナイフと顔を合わせていた。

「あそこにはもう行きませんよ...。それと、とにかく【バターナイフ】には入りませんから」

「この俺がしつこく勧誘することなんてないんだがなァ、おもんな。まぁええわ、帰っぞバケモン」

「だからバケモンはあなたの方ですって」

鳥羽の頑なな姿勢にバターナイフは折れたようで、名前のある怪物とともにバイクで去っていった。鳥羽は「あの巨体が乗ってもパンクしないんだなぁ」とタイヤの強固さに感心しながらその後ろ姿を見送っていた。視界から消える前にバイクは転倒して名前のある怪物が「イッデェ!!」と叫ぶ声とバターナイフの痛くも痒くも思っていなさそうな高笑いが聞こえてきた。

 

京都に住む者は大きく二つに分けられる。人間か、人間じゃないか。人間じゃない者にもいろいろいるが大方は人間から白い目で見られるような者ばかりで、人間じゃない者の方も人間をとっちめてやろうという思想の者が多い。今回のような騒動で浮き彫りになる両者の争いは小さなものを含めると毎日のように起こっており、京都の領地を綱引きのように自分のものだとグイグイ引っ張り奪い合っている。現在こそ形式上人間の領地がほとんどであるがかつて京都は妖怪すなわち人間じゃない者が跋扈しており、現在においてもその当時のような百鬼夜行を再現しようという一派が存在し祇園迷宮の最深部は彼ら怪物の巣窟となっている。バターナイフが百万遍まで進撃したのも怪物たちのレコンキスタの一つであり、もっと大規模な戦争が起こればいつの日か人間が彼らに領地を明け渡す日が......来ないことを祈ろう。