とまれかうまれ、とく破りてむ!

行き場を失った物語の墓場

轟く言霊

「歩かなければ棒にも当たらん」とは祖父の言葉だ。祖父が私と話すとき、最後はいつもその言葉で〆られたのでそれは一言一句違わず私の脳裏に刻まれた。特に深い意味があったわけではないだろうが祖父はきっとよく歩きよく棒に当たった人生を送ったのだろう。

 

と、昔は思っていたがよくよく考えると祖父というのはその人生で一度でも挫折したことがあるか怪しいというような人だ。勉学では友達から替え玉受験を頼まれ鹿児島オ・サール高校初代首席入学を果たしたりスポーツでは発足したばかりのJリーガーになってみたり務めては四菱重工のブレーンとなったりの恐るべき伝説を残してきた祖父の人生は歩くと呼ぶにはいささか慧敏すぎる。孫である私にことあるごとに発していたその言葉は本人の経験から来る教訓ではなさそうなのだ。それではその祖父の口癖はどこに由来するのか、と考えると彼の娘であり私たちの偉大なる母親であるその人に辿り着く。

 

母の兄(私にとっては叔父にあたる)が祖父譲りの万能体質であったのに対して我らが母はのんびりとした性格で勉強も運動も苦手であった。小学校に入る頃にはその両方に向いてないことを祖父も叔父もとくと理解せざるを得なかった。何もできない母に家庭内でつけられた渾名は『パー子』である。およそ愛称には聞こえないが母は全く嫌がりはしなかったそうでむしろ自分らしいとニコニコしていたそうだ。祖父や叔父は完全に面白がっていたように思えるがここで動いたのが祖母である。いつの時代も母とは慈愛の化身であり母という概念が二乗された祖母というものは慈愛そのものであって然るべきであろう*1。その祖母はパー子こと母に対して芸術の道を差し出した。祖父は「パー子にできるわけないだろう!がはは」と大爆笑したが祖母はこれを一蹴。祖父を怒鳴りつけ説教し紆余曲折の末相当な値が張るであろうグランドピアノを購入させた。天啓あるいは祖母の怒りが天にそうさせたのか、母は音楽に才覚があった*2。ピアノ教室に通いめきめき上達した母は音楽推薦で大学にまで上り詰め私の父と出会うまではピアノの先生や音楽教師をしていたらしい。人は誰しも(比較的)得意分野を持っているのだからその可能性を模索してどうする、何にせよチャレンジが大事だぞという祖父の金言だったのだろうか。

 

どうやらそれも違うのではないか。そもそも棒に当たるとは失敗のことである。母は音楽という試みを行う前に数多くの失敗を重ねているので言われずとも棒に当たり散らしている人なのだ。『棒にも当たらん』という反語に騙されて『棒に当たることを絶対的善とする』のは誤解であろう。ここでの衝突は相対善である。これは地蔵の如く座して100年を貫く人間よりあれこれやってみて失敗をする人間の方がまだマシだと前者を批判する言葉だ。さて前者に該当する祖父の周辺の人間は...。

 

 

私であることに気がついたのは24歳の頃だった。祖父が亡くなり彼の言葉を別れの席で思い返している時、雷に打たれたように私はそのことを理解し硬直した。棺の中からすらも祖父は私に繰り返す。私が聞かされてきた言葉なのにいざ私に向けられた言葉と知るや否や、私は耳を塞ぎたい気持ちに駆られた。だが線香の香りが否応なく私だけへの遺言を運んでくる。

 

「歩かなければ棒にも当たらん」

 

積極的な姉と比べ極めて保守的な私はいつも誰かの足跡を正確になぞってきた。学生時代は姉の後を追いかけ続け、やがて知識を身に着けた今は赤の他人すら模倣の対象とするようになった。それが安泰だと考えたからだ。私は今、私が考える『私の殻にはまるべき私』を他の人たちの何かをふんだんに取り入れ構成しているに過ぎない。何一つ自ら事を為していない。動いていない。歩いていない。故に棒には当たらないが棒にも当たらない。

しかしそれで良いのではないか、平穏無事の何が悪いと私は焼香をすりつぶしながら祖父に問う。

 

答えは二度と帰ってこない。

 

通夜の晩、棺の前から一刻たりとも離れず祖父と会話を試みた。無論お互い言葉を発することはないが眼前に彼を見つめていると何か霊的なものが―――私は無宗教の立場だが―――語り掛けてくれるのではないかと期待せざるを得なかった。無益な時間と分かっていながらその場を動けなくなっていた私を心配したのか、夜も深い頃に姉がやってきた。

「あんた、おじいちゃんっ子だったもんねぇ。いつもおじいちゃんと一緒にいて」

姉は決して間違えない。この場面、この状況でも会話の切り出しは軽妙だった。

「そうだったかな」

ただでさえ眠気で思考がまとまらない上に疑問の煙で頭が曇っている私は適当な相槌しかつく脳がない。

「そうだって。あんまり一緒にいるもんだから父さん嫉妬しちゃってたよ」

「あはは、そうなんだ...」

「まぁ、じいちゃんは長生きしたよ」

私は姉の紡ぐ無難な会話に妙な反感を覚えた。

「...そんなことよりさ」

私がそう言うと姉は虚を突かれたような顔をした。長い髪がゆらゆら揺れている。

「姉さんは『歩かなければ棒にも当たらん』って言葉、聞き覚えある?」

唐突に何を言ってるんだと思われるかもしれないがこの姉に限っては何の配慮も必要ないことを私は理解していた。【上手に】配慮をするのは姉の役目だ。

「あるよ。じいちゃんがいつも私に言い聞かせてきた言葉だもん。今だって頭の中で聞こえてくる。でもそうか、あんたも聞かされてたんだ」

何だって?この『自分が歩いたところが道になるのだ』と言わんばかりの威風堂々たる人生を送ってきた姉にも同じ言葉を言い聞かせていたのか?

「姉さんはその言葉についてどう思ってんの」

「そうだなぁ。正直昔は何するにしても私の真似してばっかのあんたのことでしょって思ってた。でもそれなら何も私に言う必要ないでしょ?アレは正真正銘、私に向けられた言葉。自分本位に生きてしまう私を窘める言葉に聞こえるわ。道を、私じゃない他の誰かが作った道を歩いてみなさいってね」

姉は私と全く異なる解釈をしていた。傲慢だと思いつつも祖父が姉に言い含めるとしたらそういう理由なのだろうと私も納得したのでとやかく言うこともなかった。私には姉を咎められない。

「姉さんへの言葉の意味は分かった。それなら私に向けられた言葉の真意はどこにあると思う?私は自分の生き方を間違っているとは思わない」

そう言うと姉は声を押し殺して笑い始めた。何がおかしいのか。

「ふ、ふふ、あんた本気で言ってんの?そんなの当たり前じゃない、私だって私の生き方が間違ってるなんて思ったことないしこれからもそんなことあり得ないわよ。人は自分が生きたいようにしか生きれないのにどうして生き方を自己否定するっていうの?じいちゃんは私たちを否定したいんじゃない、ただ道を示していただけ。私たちが思うがまま、成るがままである他にも素敵な生き方があるんだって」

虚飾だ、と思った。そんな綺麗事で収拾をつけられてたまるもんか。

「それは、姉さんが否定されることに耐えられないからそう思っているだけ。じいちゃんはきっと姉さんのワガママを直せって言いたかったに違いないんだ」

適当な言葉を投げるしかない。もう煙で頭がいっぱいなんだ。

「でも、答えを握ったままじいちゃんは天に召されたわ。それなら私が好きなように受け取ってもいいんじゃない?」

「そんなの、」

詭弁だ、どこかに破綻があると思ったが私の意識はそこで絶たれた。混濁の間際に見えた姉の表情は―――。

 

翌朝荘厳な霊柩車を見送り、火葬の後骨を拾う中でも当然祖父から解答を聞き出すことはできなかった。

しばらくすると私の頭の中で燻っていた煙も晴れ【いつも通り】を取り戻したのであったがふとしたときに祖父の言葉が過ぎることはあった。それでも私は私の選んだ私の殻に籠ることを選ぶことにした。姉の弁に納得したわけでもまして感化されたわけでもないが、結局私にはこれしかないのだ。祖父の真意がどこにあったのかは向こうで聞くことにして今は今を生きるほかないと、解を出せない問答をあの世まで先送りにして。

 

 

 

〇〇〇

 

 

 

一方の祖父は遥か彼方から孫たちの様子を見て困り果てていた。具体的には、祖母に何年も説教されつづけ現世で不撓不屈を誇っていた彼も流石に心が折れかけていた。

「アンタが意味深なこと言うからあの子たちが深読みして悩んどるんやない!!」

怒髪天を貫き人工衛星を墜落せしめんとする勢いの祖母は祖父を雲の上に正座させていた。

「面目次第もなか...。でも、昔っから【カッコよか爺さん】に憧れとったっちゃん。孫に何か深い言葉を言い聞かせて後々ジジィのことを思い出してくったらそんとき俺の背中はさぞカッコ良く見えるやろが?」

そう、祖父は高祖父の貫禄あるカッコ良い背中を見て育ち自分もやがてはそんな爺さんになりたいと思い年金をもらい始めたのだった。格言をもじりそれっぽい何かを伝える技法は高祖父から祖父が授かった隔世一子相伝の適当貫禄術であった。

「この、大馬鹿が!!孫ば困らせて何がカッコよか爺さんたい!今からでも地獄に堕ちて詫びらんね!」

祖父の言葉に意味などなかった。意味ありげな言葉であれば何でもよかったのである。哀れな孫たちは思うがままに生きつつも時々、そんな爺さんの言葉を思い出さずにはいられない。ジジィの宿願は果たされたが、同時にジジィは地獄に堕とされた。その時ジジィは思い出したのである。自らが高祖父に言い聞かされていた言葉を。

 

「『言うも言わぬも花は散る』ジジィめ、どうあっても俺が地獄に落ちることを知っていたんか!?」

 

地獄に堕ちながらジジィはジジィ^2に悪態をつく。それを天よりも高い天上から高祖父はクツクツ笑いながら見ていた。

「はは、齢百六十を前にして欣快の至りよ。あのバカめ、ワシが考えてそんな言葉を聞かせていたとでも思ったか!」

*1:当時は母^1ではないか?というのは愚問である。将来2乗3乗になるなら元からそのポテンシャルを秘めているのだから。

*2:叔父は天才だったので普通に弾けた。