とまれかうまれ、とく破りてむ!

行き場を失った物語の墓場

『洛中百鬼夜行劇』 第5章「鴨川ポロロッカ」

三条大橋午前二時。西岸の広場から酔っ払いたちが三々五々帰っていく頃、大橋の欄干にもたれ掛かるようにして川の音に耳を傾けていた鳥羽は、東岸の方から川の様子を眺める怪しげな男を発見した。

「あれは...」

鳥羽は目を凝らしてその男を見てみると、なんと見知った顔だった。名前は水藻(みなも)。鳥羽や外面とは同期として大学に入ったが、彼らが1回生の頃に起こったとある事件の首謀者として大学から身を追われ今は住所不定自由の身として京都の架空を遊泳しているワケアリの異分子だ。趣味は洛中の探窟とは本人の弁であり、いつ何時も地に足つかない生活をしているが、人間社会からドロップアウトした割には件の魔境【バターナイフ】にすら所属していないというはぐれ者の中のはぐれ者である。かつて鳥羽は水藻に麻雀を教えたこともあり、彼が退学してからも折を見ては酒を呷るほどの仲であった。鳥羽は声を掛けに橋から降りようとしたが、ちょうどその時水藻が川の方へ移動した。一体何をするのかと物陰に潜み様子を見ていると水藻は川から何かを引っ張り上げた。

「人間って意外と重いのな。なぁおい、しばらくぶりじゃないか。隠れてないでコレ手伝ってくれよ」

「あ、あぁ...」

鳥羽は不意に声を掛けられ驚きながらも水藻の方に歩み寄り運んでいるソレに目を遣った。

「...ソレは何なんだ?」

「人間と言っていいかは分からんが、まぁ人間としか言えないから人間だろうよ。心配しなくても生きてはいる」

水藻は鳥羽に肩を借りつつ川の中から正体不明の人間を引き上げ砂利の上に転がした。白目を剥き泡を吹いているものの、どうやらソレは人間の男であるらしいことが辛うじて分かった。

「俺はバターナイフにこいつを引き上げる仕事を頼まれた」

「水藻、お前バターナイフに入ったの!?」

「まさか、バイトだよバイト。荷運びは割が良くってな。あんな危険集団に同類視されるのはごめんだが、金になるなら話は別だ。知っての通り金銭面は苦労しててね。そういうお前こそ怪物どものところで掃除を任されてるらしいじゃないか」

「できることなら関わりあいたくないよ。ただ偶然あいつらの騒ぎに巻き込まれることが多いだけで...。それに下手に角を立てるわけにもいかない事情がある」

「あんなろくでなし連中に弱みを握られてるのか?泣かせる話だ」

「そんなことよりこのずぶ濡れ男だよ。見ない顔だけどこいつはあそこの関係者なの?」

鳥羽はバターナイフに気に入られているためにしばしば四条深奥の酒の席に呼ばれることがあり、そこで会う構成員の怪物たちともそれなりの面識があった。しかし今目の前で意識を失っている男には見覚えがなかった。

「こいつは今日来たばっかりの新顔らしいが詳しいことは俺も───────!?!?!?!!?」

水藻が言いかけたところで泡を吹いていたはずのずぶ濡れ男が突如体を起こし狂ったようにその場で暴れだした。

「コヒス!!!コス!!!ホス!!!バ、バ、バイフ.........フス!!!」

人語とは思えない謎の呪詛を月下に叫びながらソレは砂利の上を猛獣のごとく這い回り周囲を一瞬で制圧した。

「バ、バ、バター、コヒス!!!!!テンケーーーイ、ショス!!!!」

猛獣は颯爽と川の方へと戻ったかと思うと水中に一度潜って行き水底を蹴ったのか恐るべき勢いで水面から飛び出し遥か上空で威嚇のようなポーズを月明かりに映してからやがて水面に打ち付けられ辺り一帯に軽いスコールを引き起こした。命の危険を感じた鳥羽と水藻はひとまず距離を置くことにした。

「おい、何だアレは」

水藻は聞いていないと言わんばかりの驚愕の表情であった。一方鳥羽は慣れたもので、早急に対応手を打っていた。

「もしもし、【怪物】。三条で暴れているUMAについて心当たりはない?」

鳥羽が電話を掛けた相手は【名前のある怪物】。組織【バターナイフ】でそれなりの悪名を響かせている彼ならば何か事情を掴んでいないかと鳥羽は考えたのだった。

『アァ、もう三条まで流れてったのかw ソイツは貴船で捕まえた天狗の末裔だよ。山奥で野営できる場所を探してるときにソイツが現れて、バターナイフに飲み比べを持ち掛けてきたんだが、ニンゲンだったら10回は死ねる量の酒飲んだところでバターナイフが一回死んで勝負はついた。だけどバターナイフは一回死んだ程度じゃぁ死なない。勝ったと思って油断したのか意識を失っていた天狗をバターナイフが鴨川につながる用水路に流したのが3時間前の話だ』

「は?」

あまりの真相に今度こそ鳥羽も面食らった。どうやら水藻が回収を頼まれたのは人間ですらなかったらしい。

『バターナイフもソイツを偉く気に入ったっぽくてな、誰かに回収を頼んだっつってたけどお前だったのか』

「...」

鳥羽はもはや自分ではないと説明する気も失せていた。その程度のこと、今目の前で暴走している異形の存在に比べたら些末すぎると思ったのだ。

そうこうするうちに天狗と称された獣は思い出したかのように背中から猛々しい羽根を生やし北方を目指し水藻と鳥羽の前から飛び去っていった。道中、天狗は川沿いに展開されているそれなりに格式高そうな店の屋根をその強靭な羽で削り剥がすなど破壊の限りを尽くし、生成した残骸を水場に投げ込み続けるうちに丸太町のあたりで鴨川はその流れをせき止められ、畏れを為した洛中随一の一級河川は轟音を立てながら逆流を始めた。

 

 

 

 

翌日。水藻はバターナイフに呼び出されていた。

「おまえ、ちゃんと捕まえんかい」

天狗の暴走と逃走により水藻のバイトは業務失敗になり当然報酬は支払われなかった。水藻は『川からの引き上げという当初の依頼は達成していたのだから報酬を寄越せ』という屁理屈を思い浮かべたが、すんでのところで彼の生存本能が守銭奴精神に打ち勝ったために余計な傷を負わずに済んだ。

「すみません、まさか対象が天狗だとは思わず。ですが何とか捕まえられたんですね...」

逃したはずの天狗だったが、いま水藻の前にはバターナイフ、【名前のある怪物】と並んで昨晩の天狗が順に並んでいるというパンチの強すぎる光景が展開されていた。

「天狗...??アァ、確かにこいつは鞍馬にいたが、俺ァ1000年前から天狗程度に酒で負けたこたぁねェよ。まぁこれだけ泥みてェに酒が飲めるやつもお互いいねぇもんだから多少殺し合いはしたけど仲良くなってな。こいつの正体は天狗じゃねぇ、アレだ、なんだっけか」

バターナイフはその巨体を丸めるようにしながら頭を抱え必死に名前を思い出そうとしているが血の代わりに酒が体内を巡っているとまで噂される魔人は一度忘れたものを思い出すことはまずない。静寂を破ったのは昨晩の異形生命体であった。彼はスッと息を吸い込み、溌剌と自己紹介した。

 

 

「モケーレ・ムベンベです。よろしく」

 

 

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